4月度度の御報恩御講に参詣致しました。御書は『曽谷入道殿許御書』
「仏の滅後に於て三時有り、正像二千余年には猶下種の者有り例せば在世四十余年の如し根機を知ら
ずんば左右無く実経を与う可からず、今は既に末法に入つて在世の結縁の者は漸漸に衰微して権実の二機皆悉く
尽きぬ彼の不軽菩薩末世に出現して毒鼓を撃たしむるの時なり」
【通釈】
仏の滅後に三時ある。正法・像法の二千余年には(過去世に)下種を受けた者がいた。たとえば在世四十余年(の衆生)のようなものである。衆生の機根を考えないで、むやみに実経を与えてはならない。今はすでに末法時代に入り、釈尊在世に結縁した者は次第に少なくなり、権実の二機の衆生は悉くいなくなった。彼の不軽菩薩が、末法に出現し毒鼓を撃つ時である。
お御講後、3件の訪問折伏活動

「仏の滅後に於て三時有り、正像二千余年には猶下種の者有り例せば在世四十余年の如し根機を知ら
ずんば左右無く実経を与う可からず、今は既に末法に入つて在世の結縁の者は漸漸に衰微して権実の二機皆悉く
尽きぬ彼の不軽菩薩末世に出現して毒鼓を撃たしむるの時なり」
【通釈】
仏の滅後に三時ある。正法・像法の二千余年には(過去世に)下種を受けた者がいた。たとえば在世四十余年(の衆生)のようなものである。衆生の機根を考えないで、むやみに実経を与えてはならない。今はすでに末法時代に入り、釈尊在世に結縁した者は次第に少なくなり、権実の二機の衆生は悉くいなくなった。彼の不軽菩薩が、末法に出現し毒鼓を撃つ時である。
お御講後、3件の訪問折伏活動





