とても興味深い記事を見つけた。
その昔、仏道を求めることはきわめて大変なことであった。
一大決心をして臨んでも、とても厳しい修行で三日ももたないということで「三日坊主」という言葉は、ここからきたのでしょうか。
しかして、南無妙法蓮華経と唱えることは、誰にでもできることです。
仏道修行がこんなに簡単な形式で示されたことは、いまだかってなく
 『法華初心成仏抄』(新編一三二0)に
「我等衆生の行住坐臥に南無妙法蓮華経と唱ふべし」
とありますから、歩きながら唱えても構わないと仰せられているのですから、これほど難有いことはありません。
「道心あらん人々は此を見きゝて悦ばせ給へ。正像二千年の大王よりも、後世ををもはん人々は、末法の今の民にてこそあるべけれ。此を信ぜざらんや。彼の天台の座主よりも南無妙法蓮華経と唱ふる癩人とはなるべし」
末法の世に得難い人間としての生を受け、大聖人様の仏法に巡り会えたこと。
実は本当に有難いことなのではないでしょうか。
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