週末近くなってくると話題に事欠いてくる。

たまに創価学会のブログなどを読んでみると、もっともらしいことを書いているが、一般の素人は騙されるが普段から日蓮正宗の仏法を学び、お寺に通っている法華講員が読むと、その間違いに気が付く。

宇宙の生命と一体となるなど、ともっともらしいことだが、それは間違い。
外道の焚我一如の教えになってくるのではないだろうか。
とにかく、本門戒壇の御本尊様を否定するほどの大謗法はないのだが学会員にとっては靖国奉納の方がインパクトがあるらしいのだ。
もっと本門戒壇の大御本尊否定で騒いでほしいものだ。
しかして折伏に回ってみて創価学会員は戒壇の大御本尊をひていしたというと「え?」となる人もいる。
もちろん、根本がだめなら写しもダメというのが当たり前の道理なのだが、その辺は答えないことにしてスルーしてしまうのだ。
そんなものに南無、すなわち命を帰することがよくできるものだと思う。

聖教新聞では「大謗法の地にある」とあっさりと片付けているが果たしてどこが大謗法なの?
詳しい説明はない。スルーして片づける。
折伏に行った際には、広宣流布の団体である創価学会を破門にしたから大謗法だという人もいる。
お笑いネタでもあるまいし(^_^;)
ちょっと短絡的ではないか。
広宣流布して、毎年のこの災害! 「流布の仏法、豈邪法にあらずや」
邪法です!

早く目覚めてもらわなければ、罪障を積むことになるので。
それを親切に教えに行っても迷惑がられるのだから、法華講員の修行は大変なのだが慈悲ですよ。
hitei